「お名前は言えますか?」 「ご家族の連絡先はわかりますか?」 「いつも飲んでいるお薬はありますか?」
救急車で運ばれてきた方に私たちが最初に確認することです。ところが、意識がはっきりしない状態で運ばれてくるとご本人はこれに答えることができません。
これは受け入れる側の私たちにとっても、まさに困る場面です。
特に困るのが、働き世代でふだん大きな病気がない方が重いけがや病気で話せない状態で運ばれてきたときです。ご高齢で認知症のある方のほうが、ご家族が連絡先メモを持たせていたりすることがあります。一方で、元気な働き世代の方は「もしも」をあまり考えていないことがほとんどです。
今回は救急外来の医師の立場から、「もしものときに、これだけはわかると助かる」情報についてお話しします。
救急外来で、医師が困ること
お名前と年齢は、なんとかなることが多い
意外に思われるかもしれませんが、お名前と年齢は(持っていれば)運転免許証やマイナンバーカードから、だいたい確認できます。
困るのは「ご家族の連絡先」
本当に困るのはご家族の連絡先がわからないことです。
スマホを持っていらっしゃっても、私たちが勝手に中を開くわけにはいきません。そもそも、ロックがかかっていることがほとんどです。
意識がない状態でたとえば手術が必要になったときに、ご家族と連絡がつかずに困る場面は実はたくさんあります。
もうひとつ困るのは「病気」と「薬」
持病(これまでにかかった病気=既往歴)、アレルギー、そしてふだん飲んでいる薬がわからないことも、よくあります。
ご本人に聞けない、お薬手帳もない、付き添いのご家族も詳しくはわからない。そんなとき、私たちはかかりつけの病院や薬局に電話で問い合わせることもあります。ただ休日や夜間は病院や薬局が閉まっていて、平日になるまで確認できないこともあります。
救急の現場では、病院だけでなく、救急隊の方々も同じように困っているのだと思います。
けがで、特に知りたい「血が止まりにくくなる薬」
いろいろな薬の中でも、私たちが特に知りたいものがあります。
それが血を固まりにくくする薬です。代表的なのは次の2種類です。
- 抗凝固薬(こうぎょうこやく):心房細動という不整脈や、血栓(血のかたまり)の予防などで使われます
- 抗血小板薬(こうけっしょうばんやく):心筋梗塞や脳梗塞の再発予防などで使われます
どちらも血管の中に血のかたまりができるのを防ぐ、とても大切な薬です。そのぶん、一般の方よりも血が止まりにくい状態になっています。
たとえば頭を打ったとき。これらの薬を飲んでいる方は、頭の中で出血したときに血が止まりにくい可能性があります。ですから頭のけがで運ばれてきた方については、「この薬を飲んでいるかどうか」が検査や治療を考えるうえで大事な判断材料になります。
さらに、治療の内容によっては「最後にいつ飲んだか」という情報も大切になります。ところがご本人は話せず、周りの誰もわからない。結局、最後まで確認できなかったこともあります。
心房細動と、抗凝固薬については、こちらの記事でも詳しくお話ししています。 → 【医師が解説】心房細動ってなに?「不整脈」と言われたら知っておきたいこと
また血を固まりにくくする薬のほかにも、関節リウマチや臓器移植のあとなどで使われる免疫を抑える薬(免疫抑制薬)なども救急の場面で知っておきたい薬のひとつです。こうした「治療の方針に関わる大事な薬」をここではキードラッグと呼ぶことにします。
医師が「ひと目で」知りたい2つの情報
「メモにひとつだけ書くとしたら?」と聞かれると、正直、ひとつに絞るのは難しいです。
それでも、少なくともこの2つがひと目でパッとわかるところに書かれていると、とても助かります。
① ご家族の緊急連絡先 ② キードラッグを飲んでいること(抗凝固薬・抗血小板薬・免疫抑制薬など)

薬の名前が全部わからなくても大丈夫です。「血をサラサラにする薬を飲んでいる」とわかるだけでも、私たちが次に何を確認すればいいかが見えてきます。
「もしも」に備える4つの方法
では、具体的にどうやって備えればいいのでしょうか。代表的な方法は4つあります。
| 方法 | どんなもの | 意識がないときに使える? | 気をつけたいこと |
|---|---|---|---|
| 連絡先メモ | 紙に書いて、免許証などと一緒にお財布に入れておく | 使える | 内容が古くなりやすい。更新した日付を書いておく |
| スマホの緊急情報 | ロック画面から、パスコードなしで見られる情報をスマホに登録しておく | 「ロック中に表示」をオンにしていれば使える | 誰でも見られるので、載せる内容に注意 |
| マイナ救急 | 救急隊がマイナ保険証を読み取り、受診歴や薬の情報を確認する | カード(マイナ保険証)を持っていれば使えることがある | スマホのマイナ保険証だけでは、意識がないと使えない |
| お薬手帳 | 紙のお薬手帳を、カバンやお財布と一緒に持ち歩く | 使える | アプリ(電子お薬手帳)はスマホのロックの中にあるので、意識がないと開けない |
① 連絡先メモ:スマホに頼らない備え
名刺サイズの紙に書いて、運転免許証など身分を証明するものと一緒にお財布に入れておく方法です。お財布は私たちが身元を確認するときにまず見る場所なので、そこにあると見つけやすいのです。
書く内容は、先ほどの2つをいちばん目立つところに。そのうえで、余裕があれば次の情報を添えてください。
- お名前(ふりがな)、生年月日
- ご家族の緊急連絡先(続柄と電話番号)
- キードラッグを飲んでいること
- 持病、アレルギー
- かかりつけの病院
- 書いた日付(薬や連絡先が変わったら書き直す目安になります)
② スマホの緊急情報:ロック画面から見られる
スマートフォンにはロックを解除しなくても緊急時に見られる情報を登録できる機能があります。iPhoneでは「メディカルID」、Androidでは「緊急情報」という名前です。
iPhoneの場合は、「ヘルスケア」アプリのプロフィールから「メディカルID」を開き、持病・アレルギー・薬・緊急連絡先などを入力します。このとき、「ロック中に表示」をオンにするのがポイントです。これがオフだと、ロック画面からは見られません。
Androidは、機種やバージョンによって設定の場所や名前が異なります。お使いの機種の説明を確認してみてください。
ひとつ注意があります。この情報は、スマホを拾った人など、誰でもロック画面から見ることができます。住所は入れない、連絡先の名前は「妻」「夫」「母」のように続柄にしておくなど、見られても困らない範囲で登録しておくと安心です。
③ マイナ救急:マイナ保険証で薬の情報がわかる
2025年10月から、全国で「マイナ救急」という仕組みが始まりました。救急隊が、健康保険証として登録したマイナンバーカード(マイナ保険証)を読み取り、過去の受診歴や処方された薬などの医療情報を確認できる仕組みです。
原則はご本人の同意を得てから確認しますが、意識がない場合などには同意なしで確認することがあると案内されています。まさに、ご本人が話せないときのための仕組みです。
ここで知っておいてほしいことがあります。最近はスマートフォンにマイナ保険証を入れて使えるようになりました。ただ、スマホのマイナ保険証を使うにはご本人の顔や指紋の認証、または暗証番号の入力が必要です。つまり、意識がないときにはスマホのマイナ保険証は使えません。
そのため消防庁はスマホのマイナ保険証を使っている方にも、カードのマイナ保険証を持ち歩くよう呼びかけています。
せっかくの仕組みですが、現場の実感としてはまだあまり広まっていない印象です。「そういう仕組みがある」と知っておくだけでも、いざというときに役立つかもしれません。
④ お薬手帳を持ち歩く:薬の情報がいちばん詳しくわかる
薬の名前、量、飲み方まで、いちばん詳しくわかるのはやはりお薬手帳です。救急で運ばれてきた方のカバンからお薬手帳が出てくると、それだけで私たちが確認できることが一気に増えます。
最近はスマートフォンのアプリで使える電子お薬手帳も増えていて、持ち忘れにくいのが便利なところです。ただ、救急の場面では、私たちがそこまで見ることはあまりありません。カバンの中からお薬手帳が出てくれば見ますが、スマホの中身までは見にくいですし、そもそもロックがかかっていて見られないからです。キードラッグを飲んでいる方は紙のお薬手帳や連絡先メモ、スマホの緊急情報にも「この薬を飲んでいる」とわかるようにしておくと安心です。
お薬手帳の役割については、こちらの記事でも詳しく紹介しています。 → お薬手帳、持っていますか?「ただのシール帳」ではない、その本当の役割
薬を飲んでいる方へ:「誰か」と情報を共有しておく
血をサラサラにする薬を飲んでいる方には、外来で「一般の方より血が止まりにくい薬を飲んでいますよ」とお伝えしています。
そのうえで私が意識しているのは、付き添いの方がいらっしゃればその方にも薬の情報を共有することです。
もしものとき、ご本人が話せなくても、そばにいる誰かが「この薬を飲んでいます」と伝えられる。それだけで私たちは大きく助かります。
ご家族やパートナーに「自分はこういう薬を飲んでいる」と一度話しておく。これも、立派な備えのひとつです。
今日からできること
全部いきなりやらなくて大丈夫です。
連絡先メモでも、スマホの緊急情報でも、マイナ保険証のカードやお薬手帳を持ち歩くことでも、家族に薬の話をしておくことでも構いません。ご自身に合いそうなものを、ひとつだけ選んでみてください。
そして、どの方法でも「家族の連絡先」と「キードラッグ」。この2つを思い出していただけたら嬉しいです。
参考文献・引用元
本記事は以下の資料を参考に、一般の方向けにわかりやすく解説したものです。
【参考資料】
- 総務省消防庁『マイナ救急に関して』
- 東京消防庁『マイナ救急』
- Apple『iPhoneのヘルスケアAppでメディカルIDを設定する』
- Google『Android スマートフォンを使用して緊急時に助けを求める』
あとがき
最後まで読んでいただきありがとうございます。
先日も救急外来で、ご家族の連絡先がわからず困る場面がありました。それがきっかけでこの記事を書いてみました。
「これをしてください」と一概に言うのは難しいのですが、ひとつだけお伝えしたいことがあります。自分が一生健康でいられるとは、思わないでいてほしいということです。
元気なときほど「もしも」は想像しにくいものです。でも、元気なときにしか備えはできません。万が一のときのことを、少しだけ意識してもらえたら嬉しいです。
これからも一緒に学んでいきましょう。それではまた次回。
