「先生、熱が出てごはんが食べられないんですが、薬は飲んだほうがいいですか?」
夏場は特にこの電話が増えます。発熱、嘔吐、下痢、食欲不振 ― こうした体調不良のとき、ふだん飲んでいる薬をどうすればいいか迷う方はとても多いです。
「薬は毎日欠かさず飲むもの」と真面目に守ってきた方ほど、休むことに抵抗を感じるかもしれません。でも実は、体調が悪いときこそ「お休み」させたほうがいい薬があるのです。
逆に、いつもどおり飲み続けると体に負担がかかってしまうこともあります。
この「体調を崩したときの薬の扱い方」のことを、医療の世界では「シックデイ(Sick Day)」と呼びます。今回は、このシックデイについて一緒に学んでいきましょう。
そもそもシックデイって何?
シックデイとはもともと糖尿病の治療で使われてきた言葉で、発熱・下痢・嘔吐・食欲不振などふだんどおりの食事や水分が摂れない状態のことを指します。
「たかが風邪でしょ?」と思うかもしれません。でも、ふだんから薬を飲んでいる方にとっては、ちょっとした体調不良が思わぬトラブルにつながることがあります。
なぜシックデイが危ないの?
体調を崩すと、体の中では次のようなことが起きています。
- 脱水:発熱、嘔吐、下痢で体の水分が失われる
- 食事量の低下:エネルギーや栄養が入ってこない
- 腎臓への負担:脱水によって腎臓に届く血液が減り、腎臓の働きが一時的に落ちる
ふだんは問題なく飲めている薬でもこの状態で飲み続けると、薬の効果が強く出すぎたり、副作用が出やすくなったりすることがあります。特に腎臓は薬を体の外に出す大切な臓器です。腎臓の働きが落ちているときに薬を飲み続けると、薬が体にたまりやすくなり思わぬ副作用が出ることがあります。
(腎臓の働きについて詳しく知りたい方は、前回の慢性腎臓病の記事もぜひご覧ください。)
糖尿病の薬とシックデイ
シックデイの考え方はもともと糖尿病の治療で生まれました。以前の記事で紹介した薬の中にも、体調不良のときに注意が必要なものがいくつかあります。
ここでは特に覚えておいてほしい3つの薬を取り上げます。
メトホルミン ―「脱水のときは必ずお休み」
メトホルミンは糖尿病治療の「ベテラン」として以前ご紹介しました。安全で効果的な薬ですが、脱水のときに飲み続けると「乳酸アシドーシス」という副作用を起こすリスクがあります。
乳酸アシドーシスとは血液中に「乳酸」という物質がたまって血液が酸性に傾く状態です。頻度はまれですが、起きると命に関わることもあります。
シックデイのルール: 発熱、嘔吐、下痢、食事が摂れないなど、脱水のおそれがあるときは一般的には中止が推奨されています。体調が戻り、ふだんどおりの食事と水分が摂れるようになったら再開できます。
SGLT2阻害薬 ―「脱水+ケトアシドーシスの二重リスク」
SGLT2阻害薬(フォシーガ、ジャディアンスなど)は、余分な糖を尿と一緒に出す薬です。もともと尿量が増えやすい薬なので、体調不良のときに飲み続けると脱水が加速します。
さらに、食事が摂れていない状態で飲み続けると「ケトアシドーシス」という危険な状態になることがあります。これは体がエネルギー不足を補おうとして脂肪を急激に分解し、血液が酸性に傾く状態です。
シックデイのルール: 食事が摂れない、嘔吐や下痢があるときは一般的には中止が推奨されています。
SU薬(スルホニル尿素薬) ―「食べられないのに血糖を下げすぎる危険」
SU薬(アマリール、グリミクロンなど)は、食事の有無に関係なく膵臓を刺激してインスリンを出し続ける薬です。食事が摂れないのに薬の効果でインスリンが出続けると、低血糖を起こす危険があります。
低血糖は冷や汗、手の震え、意識がぼーっとするなどの症状が出ます。ひどい場合は意識を失うこともある、すぐに対処が必要な状態です。
シックデイのルール: 食事が摂れないときは一般的には中止が推奨されています。
インスリン注射は止めないで
ここで大切なポイントがあります。インスリン注射はシックデイでも自己判断で止めてはいけません。
特に1型糖尿病の方はインスリンを止めるとケトアシドーシスを起こす危険があります。2型糖尿病の方でも体調不良時はストレスホルモンの影響で血糖が上がりやすくなるため、インスリンが必要な場面があります。
ただし、食事量に合わせて量の調整が必要になることがあります。事前に主治医と「シックデイのときのインスリンの量」について相談しておくことが大切です。
糖尿病以外の薬も知っておこう —「お休みさせたい薬たち」
ここまでは糖尿病の薬の話でしたが、シックデイで注意が必要な薬は糖尿病の薬だけではありません。
高血圧や腎臓病の治療で使われる薬の中にも体調不良で脱水になったとき、腎臓に負担をかけてしまう薬があります。特に糖尿病と高血圧の両方の薬を飲んでいる方や、腎臓の機能が落ちている方はぜひ知っておいてほしい内容です。
カナダの糖尿病ガイドラインではシックデイに注意すべき薬を覚えやすくするための語呂合わせとして、「SADMANS」という言葉を紹介しています。
| 頭文字 | 薬の種類 | このブログでの紹介記事 |
|---|---|---|
| S | SU薬(スルホニル尿素薬) | 糖尿病の薬の記事 |
| A | ACE阻害薬 | 高血圧の薬の記事 |
| D | 利尿薬(Diuretics) | 高血圧の薬の記事 |
| M | メトホルミン | 糖尿病の薬の記事 |
| A | ARB | 高血圧の薬の記事 |
| N | NSAIDs(痛み止め) | — |
| S | SGLT2阻害薬 | 糖尿病の薬の記事 |
糖尿病の薬(SU薬、メトホルミン、SGLT2阻害薬)はすでに説明しましたので、ここからは残りの薬について簡単にお話しします。
ACE阻害薬・ARB ―「血圧の薬が腎臓に負担をかけることがある」
ACE阻害薬やARBは高血圧の治療で非常によく使われる薬です(高血圧の薬の記事で「血管をリラックスさせる薬」として紹介しました)。ふだんは腎臓を守る働きもある頼もしい薬ですが、脱水で体の水分が減っているときに飲み続けると、腎臓への血流がさらに減って腎臓に負担をかけるリスクがあります。
利尿薬 ―「脱水のときに水分をさらに出してしまう」
利尿薬は体の余分な水分を尿として出す薬です。ふだんはむくみを取ったり血圧を下げたりするのに役立ちますが、脱水状態のときに飲み続けると体からさらに水分が失われて脱水を悪化させてしまいます。
NSAIDs(痛み止め) ―「意外な落とし穴」
ロキソニン、ボルタレン、イブプロフェンなどのNSAIDs(非ステロイド性抗炎症薬)は処方薬だけでなく市販薬としても身近な痛み止めです。
「熱が出たから」「頭が痛いから」と飲む方も多いと思いますが、NSAIDsには腎臓への血流を減らす作用があります。もともと腎機能に指摘を受けていて脱水のときにNSAIDsを使いすぎると、腎臓へのダメージが重なるリスクが高まります。
大切なこと:自己判断で止めないで
ここまで読んで「じゃあ体調が悪いときは全部止めればいいんだ」と思った方、ちょっと待ってください。
シックデイのルールはあくまで一般的な考え方であり、薬を止めるかどうかは患者さん一人ひとりの状態によって異なります。たとえば心不全で利尿薬を飲んでいる方が自己判断で利尿薬を止めてしまうと、心不全が悪化する可能性もあります。
実はこのシックデイの薬の管理、意外にも「こうすればうまくいった」という研究データがまだ少ない分野です*1。今の推奨は「専門家の間で広く共有されている実践的な指針」に基づいています。科学的に完全に証明されたルールというよりは、ベテラン医師たちが「こうするのが安全だろう」と経験から導き出した共通認識、というイメージが近いです。
だからこそ、「元気なうちに主治医と相談しておく」ことが一番大切なのです。
元気なうちにやっておきたいこと
シックデイは突然やってきます。体調を崩してからあわてるのではなく、元気なうちに備えておくことが大切です。
① 主治医に聞いておこう
次の受診のとき、こう聞いてみてください。
「先生、もし熱を出したり、ごはんが食べられなくなったりしたとき、今飲んでいる薬はどうすればいいですか?」
この一言で、シックデイの対応を確認できます。主治医からの指示をメモしておくと、いざというとき安心です。
② お薬手帳を活用しよう
お薬手帳はあなたが飲んでいるすべての薬が記録されている「命のパスポート」です。シックデイで病院や救急を受診するとき、お薬手帳があれば医師はすぐにあなたの薬を把握できます。
できれば主治医から聞いたシックデイの対応(「この薬は止める」「この薬は続ける」など)をお薬手帳にメモしておくと、いざというときに慌てずに済みます。
暑くなる季節にむけて
特に夏場は気温が上がると、脱水は誰にでも起こりうる身近なリスクになります。
ふだんは元気に過ごしている方でも猛暑日に十分な水分を摂れずに脱水気味になることは珍しくありません。特に高齢の方はのどの渇きを感じにくいため、気づかないうちに脱水が進んでいることがあります。
脱水はここまでお話ししてきた「シックデイ」と同じ状態を体に引き起こします。こまめな水分補給は単に熱中症の予防だけでなく、ふだん飲んでいる薬を安全に続けるためにも大切だということをぜひ覚えておいてください。
まとめ
- シックデイとは、発熱・下痢・嘔吐・食欲不振などで、ふだんどおりの食事や水分が摂れない状態のこと
- 体調が悪いときに「お休み」させたほうがいい薬がある(メトホルミン、SGLT2阻害薬、SU薬、ACE阻害薬/ARB、利尿薬、NSAIDs)
- 一方で、インスリンは自己判断で止めてはいけない
- 自己判断で薬を止めるのは危険。必ず事前に主治医と相談しておくこと
- 元気なうちに「シックデイのとき、薬はどうしますか?」と主治医に聞いておくことが一番大切
- これからの季節、こまめな水分補給は薬の安全にもつながる
参考文献・引用元
本記事は以下のガイドライン・文献を参考に、一般の方向けにわかりやすく解説したものです。
【参考ガイドライン】
日本糖尿病学会『糖尿病診療ガイドライン2024』
米国糖尿病学会(ADA)『Standards of Care in Diabetes 2026』
カナダ糖尿病学会『糖尿病ガイドライン』
【参考文献】
*1 糖尿病・腎臓病・心血管疾患患者のシックデイ薬の管理に関するシステマティック・スコーピング・レビュー:Watson KE, et al. (2022) Kidney Med. [PubMed]
あとがき
最後まで読んでいただきありがとうございます。
今回の記事は、以前書いた糖尿病の薬の記事や高血圧の薬の記事の「応用編」のような位置づけで書きました。シックデイの話は医療者の間では当然のように語られていますが、調べてみると意外にもエビデンスが十分でない分野です。だからこそ「知識として知っておくこと」と「元気なうちに主治医と相談しておくこと」の両方が大切だと思っています。
これから暑い季節に入りますが、水分補給をしっかりしながら元気に過ごしていきましょう。次の受診のとき、ぜひ「シックデイのとき、薬はどうしますか?」と主治医に聞いてみてくださいね。
これからも一緒に学んでいきましょう。それではまた次回。

